ちょびーっと放射線もれちゃっただけで大ニュースだった時代はこの10日ほどで大昔になっちゃったらしい。

原発がいっちばんやばかったときにTVが通常放送だったのはたぶん一生忘れないと思うわ。

ネットを同時に見て絶望したり希望を持ってみたり、感情の起伏がかなり激しかったわたしも表向きは通常運転生活。地元は何事もないからね。

こうしてゆるゆる終わるのかと思ったよ。報道されないことで。それはマスコミがわたしに与えた恐怖だった。新聞は連日原発の危機煽ってるのに、テレビは暴れん坊将軍(再)とか。その影で自衛隊やらレスキューの人やらが文字どおりの命がけで闘ってたのに。ひと段落ついてからワイドショーでちょっとだけお知らせとか。もうわけわかんないね。何を信じていいかわからない。目に見えるものしか信じられないから、とにかく色んなものをたくさん見よう。幸いにして、ネット社会。窓はたくさん開いてる。嘘つき窓もたくさんだが、わりと自浄作用もあるしね。

全く正しいただひとつのモノ、なんて空想の産物なんだと思った。ないね、そんなもの。

わかんないものだらけの不透明な世の中を、バランスとりながら、自転車操業。それが生きるとゆーことかしら。

あーんまり、思想っぽいことは書きたくないけど、この僻地ブログでも一応社会へ開いた窓の一つだ。ほぼパンツ見えちゃうあの窓と同義かもだけどな、表明しとく。

わたしは原発縮小路線を望む。

世論調査ってあるじゃない?いままで、わたしはその世論とやらを表明した覚えはないぞ、といつも思ってたのね。完全に他人事ー、と。

今回ばっかりは、世の中の片隅から表明しとこうと思った。

でもわたしには学がないので、脱原発論を理論武装できませぬ。頭のいいヒトよろしくお願いしたい。